我が母校 Western Washington University, Bellingham, WA, USA

私の大学4年間は、ミズーリ州のWestern Missouri State University2年間とワシントン州のWestern Washington University2年間で過ごした。最初の2年間は、大学の授業について行くのに苦労をした。毎日が勉強で追われた。

ミズーリ州の独特のアクセントに慣れるのに1年間かかった。ヒルベリーアクセントと呼ばれる英語だ。Western Missouri State Universityには、日本人が私を含めて二人しかいなかった。一人は、米国人と結婚して現地で生活をしている日本女性だ。実質、大学のキャンパスには私一人しか日本人がいなかった。

他の外国人留学生は、イラン人、パキスタン人、インド人などで今までお付き合いが無かった外国人であったので文化の違いを学んだ。

ワシントン州ベリングハム市にあるWestern Washington Universityに転校してからは、大学の英語にも慣れ、本来のキャンパスライフを楽しんだ。毎週末に寮で色々なダンスパーティーが開催された。

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ブロンド女性が一杯いるキャンパス

ダンスパーティーでは、女性が男性をダンスに誘う事が出来る。ダンスの音楽が始まると先にダンスの相手を見つける競争が始まる。ダンスパーティーは、男女にとって恋人を探す機会でもあった。

3回同じ女性とダンスが出来たら、気に入ってくれたというサインだ。それが暗黙の了解であった。上手く行けば、そのまま夜のデートとなり、ベッドインまで直行する場合もある。

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1970年代の米国は、日本以上に裕福で平和であった。寮の食堂では、毎週金曜日の夕食がステーキナイトになっていて自分でステーキを焼く事になっている。アイスクリームもサラダもメインディッシュも食べ放題であった。

授業料も安かったし、色々な奨学金がもらえて日本の私立大学に行く費用の三分の一ぐらいで済んだ。ワシントン州のアメリカ人は、バイキングの末裔が多い。北欧からアメリカに移住してきた子孫たちだ。

ブロンド女性が多く、スタイルが良い。まさに私好みの女子大生がキャンパスの至る所にいた。日本人男性の目からすれば、どの女性をピックアップしても綺麗な女性に見えた。

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私の青春は、Western Washington Universityの2年間で燃えていた。出来るならば、大学院まで進みたかったのだが実家から帰国せよとの指令が届いたので帰国せざるを得なかった。

 

執筆者: 海外支援G 吉田憲人

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